ようやく「gotcha!」を言語化できる

仕事に少しずつやりがいを感じるようになり、趣味に費やす時間が少なくなり、趣味がキャンプになり、流行りの音楽についていけなくなり、女性キャラの趣味も大人の女性が良くなってきたりとはっきり加齢を感じる今日この頃。皆さん如何お過ごしでしょうか。

芳澤より杏より川上先生が一番好きになってしまった。加齢を感じるにゃん。

 

2年前、ポケモン界隈に衝撃が走った。

BUMP OF CHICKENとコラボしたPVが発表された。

ほんとうに衝撃だった。良い。とにかく良い。”良”の玉手箱。

何度も何度もPVを見返し、スロー再生し、友人と考察し、そこかしこにぎゅうぎゅうに詰め込まれたあまりの愛に涙した。

しかしながら、その良さを語らずに二年間沈黙し続けたのには訳がある。下手に触れると自分の中にある感動が陳腐なものになってしまいそうで怖かったのである。

だからこそ、人生史上最も好きな音楽としてアカシアをあげつつも無視してきた。

 

いつか、いつか思考をまとめたいと考えつつも今日に至る。

ねーちゃん、明日って今さ!

 

以降ガチで好きすぎるのでいつもの茶化した文面じゃなく、痛いキモさが出てきます。

でも自己満足で書いている文章なので知りません。

 

 

 

デビューしたての弱小バンドのライブに行っては「良かったら物販寄ってってね」という煽りに対し、「俺の買ったグッズでバンドマンたちは打ち上げに行けるんだ」なんて妙な満足感に満たされていたあの頃。そこにあったのはただの物欲以外にも「バンドのためにグッズやCDを買ってあげている」というお布施的な考えがあった。食わせてやっている優越感があったのではなかろうか。それが間違っていたとは決して思わない。どのような形であれ、それでバンドマンにお金が入るならばそれが正義であり、そういう形の愛があってもいいと思う。が、

 

 

思えば俺とポケモンは常に対等だった。グッズを買うとき、ゲームをプレイしているとき、そこには「〇〇してあげる」という思考の余地は一切なかった。ただ、好きだから。それだけだ。それはポケモンから俺に対してもそうで、お願いをされたことなど一回もない。ただ、そこにあっただけ。そしてそれを俺が手に取っただけ。常に俺に100%の決定権があり、その決定権を100%自分の意志で行使してきた。それはどこまでも対等な関係ではないだろうか。

 

PV「gotcha!」は、そんな子どもの頃からただ当たり前にあった、ポケモンというコンテンツから俺たちに向けた、ラブレターだ。

好きでいてくれてありがとう。なんて下手に出た感謝はない。だって俺たちとポケモンは対等なんだから。だからこそ、お願いじゃなく、いつまでも好きでいてもらいたい。いつまでも俺たちと歩き続けたい。という意思表明。お返事は期待していない、片道通行のラブレター。それがどうしようもなく俺たちの胸を打つ。幾度となく見ても聴いても涙腺が緩む。カラオケでアカシア歌ってると泣きそうになるの俺だけじゃないよな?

 

ありがとうポケモン。俺も、いつまでもポケモンが好きでいたいと思うよ。しかしそんな思いを直接伝える手段はない。故に、俺は何度でも「gotcha!」を再生する。伝える術がないなら、伝わってくるものを何度でも。

例えるならば、昔々の、気になるあの子や恋人から送られてきたEメールを保護してあったのを見つけたときのような。

例え話にしちゃあキモイな。無しで。

 

また前述の対等な関係は俺とBUMPにも当てはまる。藤君から「聴いてください」なんて言葉を聞いた覚えはない。もし言ってたとしても、俺が、俺だけの意思で聴いていただけだ。消費者と生産者のどこまでも正しい関係だ。

そんなBUMPだからこそ、「gotcha!」に込められた愛に、アカシアの歌詞に説得力が生まれる。

雨に濡れても一緒に騒いで

君と僕と世界の声で唄を唄って

互いに互いを見つけ合うのだ。

互いに違った凄いところがあり

怖さを誤魔化しながらも共に歩き

どこまでも一緒に行けると信じ合うのだ。

それってすごく対等だ。

 

実際のところ、「gotcha!」が、アカシアが世に出ていなくても俺は生涯BUMPを好きでい続けただろうし、好き好んでポケモンの服を着て出勤し、ポケモン先生などと名誉か不名誉か分からん呼ばれ方をしていたことだろう。

そう、俺の心の内には、出そうとすら思わずしまいこんでいたポケモン・BUMPに向けたラブレターがずっとあったのだ。そんな中、突然相手からラブレターが届いたのだ。それも同時に2通。「俺たち対等だぜ」「ずっと隣にいたいと思ってる」そんなメッセージが届いたもんだから、俺たち通じ合ってる!ってなもんだから、なんてお返事書こうか迷いに迷っている間に2年経過してました。

ありがとうポケモン。ありがとうBUMP。これからポケモンが俺たちの知っているポケモンから遠ざかっていこうと、処理落ちでろくなプレイができなかろうと、初手一匹目が地面に埋まろうと。藤君が結婚しようと、ぶりっ子おじさんが不倫してきっしょいlineしてようと。俺だって死ぬまで好きでい続けたいよ。だって、もう離せない手を繋いだんだ。

 

自分が「gotcha!」の最も好きなのはスクリーンから歴代御三家がこちらに向かって笑顔を向けるシーン。この場面をちょちょいと加工してスマホのホーム画面にしているのだが、仕事の山場で目に映ると「いつも君を見ているよ」「ずっと応援しているよ」と伝わってくるようで、勇気と元気が湧いてくる。

またそんなメッセージを伝えたくて、去年は進級する子たちに向けて黒板に絵を描いた。

不器用なりに頑張ったと思う。

 

かなり長文になってしまったが書いてる間はあっという間だったな。これくらい楽に仕事の書類も書かせてほしい。

次は何年後になるか分かりませんが、それでは。